うに自分の衣物をひつかゝへて、さつさと家の方へ一人で立ち去つてしまつた。
 家の中でも彼は「悪たれ」であつた。一番上の兄は身体こそまだ大人ではなかつたが、一人前の野良仕事ができた。この兄は非常に無口で働き者であつた。次の兄も学校はすんでゐたが、非常な好人物で、終日何を言はれても笑つてゐた。彼も野良を手つだつた。房一はけつして手つだひをしなかつた。どんなに叱られてもいつの間にか家を抜け出して、時には野良からそのまゝ近所の山へ木の実とりや河遊びに逃げ出した。たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくとも畔《くろ》に腰かけて立去らずにゐる時は、きまつて馬がゐるのだつた。
 彼はこの「黒」と呼ぶ馬を非常に愛した。彼の家の裏に、大きな納屋があつて、納屋の隅が馬小屋風に床板を張り羽目板を張つてあつた。彼はひまさへあれば馬小屋に出かけた。次兄が馬の世話をする役であつたが、房一はその傍に煩《うるさ》くつきまとつて離れなかつた。次兄は馬の世話をするのはそれほど好んではゐなかつたが、あまり房一がつきまとふので、一種の矜持《きようぢ》を感じて来て、房一には少しも手出しをさせなかつた。それで、房一は次兄の眼をぬすん
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