たからである。そして、柵の向ふでは、相手になつてゐる男のうしろに出張所側の連中がかたまつてゐた。その長身の男も今更後へはひけないと云つた様子だつた。その時、房一の肩をまだ押へつゞけてゐた練吉の手が痙攣するやうにふるへた。
「おい、やつは所長だぜ。まだ新任で、来たばかりなんだ。――行かう!」
 何のためか、どういふつもりか、練吉は矢庭に房一の肩をぐんと押した。そして、自分は逸早く溝をとび越して、土手を駆け上つた。下の方では、黒い一杯の人だかりの間からは何やら鋭い言葉を叫ぶ者がゐた。練吉が駆け上つた後から、房一も本能的に溝をとび越えた。事態は緊迫してゐた。練吉が何をしでかすか知れない、といふ予感が閃いたので。
 が、練吉が駆け登つたのを見ると、先方の男は急に威丈高になつて怒鳴つた。
「何しに来た!」
「何しに来た?」
 と、いきなり突きを喰はされた練吉は、神経的にさつと青ざめながら、反問した。
 喜作はふりかへつた。そこへ房一も登りついた。三人は瞬間顔を見合せた。そこに、房一は自分よりは二つ三つ若い、だが禅坊主のやうな頭骨をした精悍な表情の神原喜作を見た。
 相手が急に三人にふえたためか、
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