つた。道平も釣りこまれて笑つた。だが、それは心持ひきつゝた痕跡の中に押しこまれたみたいになつた。彼が髯を落したのはそんなに悪戯気でやつたのではなかつたので、盛子の大げさな可笑しがりやうがいくらか気にさはつたのだ。で、彼の顔はすぐに老人らしい克明な生真面目さをとりもどし、房一の方を向いて、ゆつくり切り出した。
「それから、あれだが、今までよう訊かなんだが、――あれは、どうしたもんかの、大石さんの方は?」
 対診に来てくれた練吉のことを気にかけてゐるのだつた。
「お礼ですか」
「さうぢや」
「あれなら、私の方からいゝやうにしときます」
「さうかの。だが、さう云うても――」
 と、道平は明かに盛子に気兼ねをしてゐるらしかつた。
「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」
「さうか、――そんなに何もかも、こつちでして貰つてもえゝか」
 云ひながら、道平はこれ又大いに気にかけてゐたことがあつさり片づけられてしまつたので、いくらか不服でもあり、手持無沙汰でもあるといつた様子だつた。
 が、その時、彼はすぐ傍でさつきから盛子がひろげたり畳んだりしてゐる大きな紅い紙
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