がびつくりしたのを目にとめると、やつとこさあの遠慮深さを思ひ出し、口にするのをあきらめたのだつた。それ以来、彼は今日あることを、盛子に自分の口からお祝ひを述べるといふことを丹念に考へてゐたのである。そればかりではない、息子とは云へ、房一には病中あんなに世話になつたし、セルのお礼を云はなくてはならないし、それから、それから――と、あれも云ひこれも云ひするために、河場からこゝまで歩いて来るといふことは、彼にとつてはまさに大事業だつたのである。おまけに途中には渡船場さへあつた! 今や、大願成就である。少からぬ喜悦のために、彼の半分ひきつゝた顔はゆるみ、そこに、寛厚で大まかだつた道平老人が何ヶ月振りかでふたゝび生れ出たやうな観があつた。
 すると、間もなく診察室の方から急ぎ足で出て来た房一は、道平を見るなり、
「ほゝう!」
 と云つたまゝ、もの珍らしげに、しばらく眺めてゐた。それから、相手にその意味が判るやうに微笑をし、目くばせをしながら、
「だいぶ、様子が変りましたな」
 と、父親の顎のあたりに又目をつけた。
「おう、これか」
 道平は顎髯を剃り落してしまつてゐた。
 昨年の冬あたりから、何
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