間もなく寝こんでしまつたので、ぢかにお祝ひを云ふ機会がなかつたのである。盛子が見舞ひに来たとき、彼はそれを口に出さうとして焦《あせ》つた。病気以来、思ふことが口に出せないで、彼は別人のやうに気短かに、癇癪持になつてゐた。これも亦驚くべき変化だつた。以前の稍頓狂な感じのした大きな眼と、寛厚さを現す眼尻に刻まれた特長のある深い皺とは、その外見上の旧態を保つてはゐたものの、そこには何だか平たくなつて、乾いて、苛立ち易い頑固な老人がちやうど水面下の石だの杭だのを上からのぞきこんだ時のやうに、一種沈んだ退屈さの中に横はつてゐた。そして、彼が物を云はうとして口をあくあくさせるところは、その自由のきかない退屈さの表面に浮び出ようとしてゐるかのやうな印象を与へた。彼ははじめから房一を、自分の息子ではあるが、息子以上の者として扱つてゐたので、盛子に対しても多少他人行儀な遠慮深さを持つてゐた。しかし、それをすぐ目の前にしながらあれほど気にかけてゐたお祝ひを口にできないことは、口にしたつもりでも相手に通じないことは、病気のために今や一種の頑固に変つた律気さが許さなかつた。彼は殆ど癇癪を破裂しさうになり、盛子
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