シャツの男だけだつた。恐らく四十前後だらうが、前額のひどく禿げ上つた、痩せ身の、鼻下にちよつぴりした髭をつけてゐる、がそれらを貫いてゐる表情は何か殺気のある精悍さといつたものだつた。口をきく度に、彼の眼は喰ひこむやうに相手を一瞥した。
「小倉組といふと、下の工事場の方ですな」
 房一は、これは煩《うるさ》い相手だなと思ひながら、わざとゆつくり構へてゐた。実は、さつき裏口から二人を見かけた時に、すでにぴんと感じてゐた。こんな風体の連中は河原町には他にない。それに、今しがた川岸で話に出たばかりの所だつたので、房一にはよけい強く頭に来た。
「どれ一つ診ませうかな。――ふうむ、これあどうしたのかね、ハッパでやられたのか」
 彼は男の顔を蔽つてゐる手拭をとりのけながら云つた。
 男の顔は泥と血で汚れ、かすり傷が一面についてゐた。顎の所にかなりひどい裂傷があり、血糊が固くこびりついてゐた。どこか打撲傷をうけたらしく、一見したところ気息奄々《きそくえんえん》としてゐたが、房一が手拭をとり除いたときに、男はかすかに眼を開けて房一の顔を見た。
 二人が男を抱き起して、レザア張りの診察台へつれて行つた。男
前へ 次へ
全281ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング