「ズブリと相手の眼の中へさしこんでしまつたさうでね。――親方すみません、とあやまつたと云ふんだが、どうもね、――何しろ他の人の見てる前でやるんだから、たまつたもんぢやない」
「へえ。――ズブツとね」
 徳次は指で真似をした。
「そんなことができるもんかねえ」
 半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。
「眼が潰《つぶ》れちまふ――ねえ、先生」
「ふうん、潰れるだらうな」
 房一は笑つてゐた。
「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」
「それがね、どうも本妻と妾を二人いつしよだといふ話だが、――なにしろ荒いのでね、二人ともぐうの音も出ないで温和《おとな》しくしとるらしい。――うん、さうだ。こないだ店へ買物に来た在《ざい》の者が話して行つたが、その家の前を通るとね、どうも女の泣声らしいものが聞える。それもただの泣き声ぢやない、ヒイヒイいふ、まあ恐いもの見たさでそつとのぞきながら通ると、多分妾の方があんまり痛められるんで逃げ出さうとでもしたらしい、それで片足土間に降りて片手を畳の上についたところを小柄《こづか》みたいなもので、何のことはない手の甲からズカツと畳
前へ 次へ
全281ページ中167ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング