ににやりとした。そして又元の眠つたやうな無表情にかへつた。

 房一は庄谷の後で時々目を開けてゐたが、間もなくすつかりつむつてしまつた。ゆるく尻をひつぱる読経の声、時々ふいに高くなり、途切れ、又ゆるやかにつゞくその倦《だ》るい音は、それにつれて聞いてゐる者に次々ととりとめもない考へを追ひかけさせ、立ちどまらせ、又流れさせた。
 ――「やあ、おいでなさい。わたし相沢です」
 はじめて往診に行つたときの相沢の濁《だ》み声が耳に蘇《よみがへ》つて来た。それから、あの粗末な黒い上着と、カーキ色の目立つ乗馬ズボンと、又あの鼠を思はせるやうな黒味の拡がつた、ちつとも目瞬《またゝ》きをしないふしぎな眼玉とが、房一のつむつた瞼の中に現れて来た。
 房一はあれから相沢の息子を診《み》に五六度行つた。殆どその度ごとに会つてゐるので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つてゐるつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知してゐた。
 知吉は二十年前に養蚕の教師としてこの町にやつて来た。相沢家の一人娘だつたあいはその講習生の中にゐた。二人の間に恋愛が生じた。相沢の先代章助は神原家から養子に入つた人で、
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