ぐに仏壇の前に進んだ。だが、そのひきしめたつもりの口もとにはあの真白い偉大な反《そ》つ歯《ぱ》がのぞいてゐた。
読経がはじまつた。皆話をやめてその方を向いて坐り直した。
それは何かしら長い退屈な時間だつた。香煙はまつすぐに立ちのぼり、二尺ばかりの高さでゆらゆらし、蝋燭の灯はそれに答へるやうにまたゝいた。さつきまで思ひ思ひの世間話に身を入れてゐた連中は一瞬厳粛になり、それから放心し、今一律に無表情のまゝぢつとしてゐた。その中で、大石練吉は今も頭をまつすぐに持ち上げて仏壇の方を眺めてゐたが、間もなく千光寺の住職の剃り上げた後頭部に人並外れて骨が突出し、その下にぺこんとした凹みのできてゐるのを発見し、しきりとそれを見つめてゐた。
あの坊主は前からあんな頭をしてゐたのかしらん。――さう云へば、子供の時分いつしよに遊んでゐるとき見たやうに思つた。――練吉はそんなことを考へてゐた。
今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つてゐる庄谷の背中を見つめてゐた。するとその肩に一本の糸屑がくつついてゐるのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味
前へ
次へ
全281ページ中138ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング