ヒの工合で、重な会社の船ぐらいは識別出来るようになった。ことにNYK――日本郵船の船は直ぐにわかった。私たちは、沖を左から右へ、日本から倫敦《ロンドン》へ往く途中の船を見ては、希望とあこがれに燃える故国の人々を載せているであろうことを思い、その反対に右から左へ、倫敦から日本へいそぐ復航船を眺めては、私たちもやがて、日本へ帰る日のさして遠くあってはならないことに、今更のように気づいた。そして、それらの日本船に乗ってポルトガルの沖を過ぎる人々のうち、船から見える海岸のホテルの一室に私たち日本人夫婦がもう一月の余も住まっていて、いまもこうして望遠鏡を向けていようなどとは、誰ひとりとして考える人もあるまい。こんなことを話し合って、まるで島流しにでもされているように、私達は淋しい気持ちになったものだった。
 で、近いうち、あの船の一つに乗って、この沖を通って日本へ帰ろう――いつしか二人のあいだに、こういう暗黙の契約が成立してしまっていた。
 じっさい、日本を出てから、その時で既《も》う一年近く経っていた。したがって、もう一度出直して第二次的な土地を廻ってみることにしても、今度はこれで切り上げてと
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