Eアルバアト波止場《ドック》でである。
 ここで多くの出帆がそうであるように、一つの劇的な感傷が私たちの心もちに落ちるんだが、それより、まず、どうして私たちがこの特定のSS・H丸に乗船しているのか――その説明からはじめよう。
 葡萄牙《ポルトガル》の田舎のエストリルという海岸にいた頃だった。ちょうどホテルの私達の部屋が、海へ向ってヴェランダにひらいていた。ホテルは小高い丘に建っていて、その上、私たちの室《へや》は三階だったから、そこのヴェランダからは大西洋に続いている大海の一部が一眼だった。冬だと言うのに毎日初夏のような快晴で、見渡す限りの水が陽炎《かげろう》に揺れていた。海岸にはユウカリ樹が並んで、赤土の崖下に恋人達が昼寝していた。私たちはいつもヴェランダの椅子にかけて、朝から晩まで、移り変る陽脚《ひあし》と、それに応じて色を更《か》える海の相とを眺めて暮らした。
 日に何艘となく大きな船が水平線を撫でて過ぎた。その多くは地中海巡航や南米行きだったが、なかには、欧洲航路に往来する日本の船もあるはずだった。こうして日課のように沖を望見しているうちに、私達はいつの間にか、船体の恰好や、煙
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