鰍ー入れ、狂気のように疾駆させて、ほんとに間一髪のところで船へ聯絡する汽車の出発に間に合ったのだった。
 けれど、日本で下船するとき、そう幾つも紙箱をぶら提げるわけにもいかないから、これは、香港《ホンコン》で樟《くす》の木製の大型支那箱を買って、全部をこれへ叩きこむことによって見事に解決した。この樟材の支那箱は絶えず内部に樟脳の香《かおり》が満ちていて、ナフタリンなんか入れなくても虫を防ぐから、毛織物類を仕舞って置くには、家庭用として特に便利である。それはいいが、香港《ホンコン》でこれを買う時言葉が通じないで大いに弱った。確かに「くすのき」製に相違ないかと念を押してやろうと考えたのだが、さて、何と言っていいか判らない。そこで気が付いたのが筆談だ。紙と鉛筆を取り寄せ、正成《まさしげ》公から思いついて「楠《くすのき》」の字を大書し、箱を叩いて首を傾《かし》げて見せた。これで老爺《おやじ》め、会心の笑みを洩らすことであろうと私は内心待ち構えていると、彼は不愛想に私の手から鉛筆を引ったくって、非常に事務的に私の「楠」の字を消してその傍《そば》へ「樟《くすのき》」と訂正した。なるほど、これでこそ
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