凾ナ置き忘れて来た色んな物品を価格に見積ると、決して馬鹿にならないものがある。なかんずく、その種品別にいたっては実に奇抜の到りで、ことに今考えても口惜しくて耐らないのは、芬蘭土《フィンランド》の内地へ踏み込んだとき――まあ、止《よ》そう。愚痴をこぼしたってどうにもならないし、それに、この置き忘れ・紛失物の一件を並べ出すと、それだけで優に、生活の角度から見た全般にわたる旅行漫筆が出来上るくらいで、その土地々々に関する多少の描写の説明も必要だし、何よりも、いまここにその紙数もなければ場合でもない。しかし、のべつ幕なしに驚いたり急いだり狼狽《あわ》てたりするのが、旅行者の特権であり義務であるとは言いながら、あれほど色んな国へ雑多な物を撒き散らして来たくせに、よく自分で自分を置き忘れて、自分を西班牙《スペイン》かどこかのホテルの寝台へでも寝かしたまんまにして来なかったものだと、われながら感心している。
それはそうと、いつの間にかもう日本へ帰着したようなことを言っているが、じつは、話しのうえでは、SS・H丸はいまやっと倫敦《ロンドン》テムズ下流のロウヤル・アルバアト埠頭《どっく》を離れたばかり
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