ェ、とにかく、せっかく何日もかかって出来上った大小幾十個の荷物を、この旅行免状一冊のためにすっかり引っくり返さなければならないことになった。
口説《くど》いてみたってはじまらない。どうしても探し出さなければならない性質のものだから、徹夜してその事業に着手した。出帆前夜のことである。
が、部屋の内外は勿論、荷物は全部出して、トランクからスウツ・ケイスから一応順々に逆さにして振ってみるくらいにしたけれど、問題の旅券はとうとう出て来なかった。
この旅券捜査には、下宿の老夫人をはじめ、同宿の連中から女中一同まで、総動員で手――というより眼――を貸してくれたのだったが、ついに徒労に帰して、翌朝早く、私たち二人は倫敦《ロンドン》の日本領事館へまかり出た。そして平身低頭、泣きを入れてやっとのことで新しい旅券の再下附を受け、それでようよう乗船することが出来たわけだが――もっとも、帰国の船なら旅券なしでも乗れるけれど、そのかわり、旅券入用の土地、例えば、英領植民地などへは、寄港しても上陸することを許されない――ところが、五十日近い海の旅を終えて先日日本へ帰ってみると、外遊中の留守宅を頼んで置いた鎌
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