フかわった声を発する。
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|今晩は《ボア・ノイテ》!
|今晩は《ボア・ノイテ》!
|今晩は《ボア・ノイテ》!
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 と思うとすでに、長い海によごれ切った水夫と火夫のむれが、この呼吸する商品のまわりにぐるり[#「ぐるり」に傍点]素早く輪を作ってる。にやにや[#「にやにや」に傍点]と殺気立つ選択眼。その、天候と粉炭と余剰精力とで黒い層の出来てる彼らの首根っこへ、女たちの白い腕がいきなり非常な自信をもって巻きついていく。最初に視線を交換した船員と売春婦――これほど直截《ちょくさい》な相互理解はまたとあるまい。港の挨拶はこれだけでたくさんだ。何という簡潔な「恋の過程《プロセス》」! 何て出鱈目《でたらめ》な壮観! そこここの救命艇のかげ、船艙《ハッチ》の横が彼らにとって船上の即席らんで※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]うだ。そして、星くず・インクの海・町の灯《ひ》・夜風。五、六人の女と、時として五、六十人もの海の野獣と――こうして、それらの全場面に背中を向けて忍耐ぶかく待ってるあいだに、毎晩リンピイは一たい何本の煙草をじゅっ[#「じゅっ」に傍点]
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