ヌ・水上警察・税関よりも先に、逐一この|女魔が丘《バイロ・アルト》の窓に知れてしまった。地獄《ダン・ビロ》の釜に火がはいると煙突のけむりが太くなって、出帆旗は女たちも心得てる。すると、あのNAJIMIの男がまた|闇黒の海《マアル・テネブロウゾ》へ出てくるところだというんで、ばいろ・あるとの一つの窓で、ひとりの女《プウタ》が、ひょっ[#「ひょっ」に傍点]と浮んだ彼の体臭の追憶のなかで思い出し笑いにふけっていようというものだ。船乗りはみんな恋巧者である。一度会った女に決して忘れさせはしない。だから、黒地に白の出港旗を見つめる女たちの眼には、めいめいの恋人を送るこころもちがあった。が、出帆の時は、これでまだいい。新入港の船がテイジョ河口の三角浪を蹴立《けた》てて滑りこんで、|山の手《バイロ・アルト》の家々の窓掛けを爽やかな異国の風がなぶると、週期的活気・海と陸との呼応・みなとのざわめき[#「ざわめき」に傍点]が坂の上の町一帯に充満して、彼女らはゆうべの顔へまた紅をなすり、七面鳥マルガリイダ婆さんは一そうがんがん[#「がんがん」に傍点]喚《わめ》いて家じゅうを駈けめぐり――さあ! お部屋の用意
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