獅ョらいだろう。手紙が来たら頼むぜ。」「承知しました。気をつけて行って来なさい。よそであんまり変な酒《やつ》を呑《や》らねえようにね。」なんかと別れて、そして帰港するや否や、不恰好な既制服に、新しい安靴で久しぶりの固い土に足を痛めた彼らが、若いのも年寄りも、みんなどんなに期待に燃えてこの酒場《タベルナ》の郵便棚のまえに犇《ひしめ》くことであろう! すると、来てる来てる! 恋人から妻から娘から老母から! 眼白押《めじろお》しに立って、一枚々々熱心に自分への宛名を探す海獣たち――僕もこうしていまその一人を装《よそお》ってるんだが――この時は、彼らも完全に良人《おっと》であり、父であり、息子であるだろう! それだのに、みんなに捜し残されて、ここにこれだけ溜ってるのはどういうわけだ? これらの宛名の主は、船出したきり帰って来ないのか? 何と、船乗りへ届かない手紙の不気味さ! |暗い海底《マアル・テネブロウゾ》へは転送のしようもあるまい。
 が、港の酒場はすべての不可能を信じてる。じっさい、七年前に笑って地中海へ出て行ったきりのあの男、一八九三年のXマスの晩に最後に見た彼――それらがひょっこり[
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