@すると一度にこの異国語の tenor crescendo だ。どこの貨物船の乗組員にも特有な、ストックホルム産|炭油《タアル》の香《におい》だ。それが S57 の感情的な水平線と、snappy な岬《ケイプ》ホウンの雲行きを思わせて、この狭い酒場《タベルナ》内部の色のついた空気を滅茶苦茶に掻き乱していた。
 呵々大笑するふとった酒神《バッカス》、習慣的に一刻も早く給料袋をから[#「から」に傍点]にしなければ安心出来ない船員たちのむれ!
 正面にずらり[#「ずらり」に傍点]と瓦斯《ガス》タンクのような大樽《バリイル》が並んでる。その金具の輪が暗い電灯に光って、工場地帯行きの朝電車みたいな混み方だ。数人の酒場男《タベルネイロ》と酒場女《タベルネイラ》が、この、戦時そのままの騒ぎを引き受けて、酒をつぐ・グラスを抛《なげ》る・金をひったくる・お釣りを投げる・冗談を言い返す・悪口もかえす・喧嘩の相手もする・自分も呑む。酒はきまってる。|燃える水《アグワルデンテ》。言わば、ほるつがる焼酎。一ばい金2|仙《セント》――どいす・とすとんえす――也。
 壁は、十九世紀末葉の雑誌の口絵で張り詰めてある。
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