ノ歩き出した。僕はついてく。桟橋の話声・深夜の男女の雑沓・眠ってる倉庫の列・水溜りの星・悪臭・嬌笑。Eh? What?

     5

 窒息しそうな濃いけむりのなかに、海の陽《ひ》やけで茶褐に着色された無数の顔が、呶鳴《どな》って笑って呪語していた。鋼鉄の指金具《ナックル》とあき[#「あき」に傍点]壜は星形の傷痕をのこす。頬へ受けた刃《ナイフ》は、古くなると苦笑に見えるものだ。マラガ生れの水夫長《ボウシン》、パナマ運河コロン市から来た半黒《はんぐろ》の三等火夫、濠州ワラルウの石炭夫《コウル・バサア》、ジブロウタの倉番《ストッキ》、聖《サン》ジャゴの料理人、ロッテルダムの給仕、各国人種から成る海の無産者と、大きな喧嘩師《ブルウザア》と敏捷な|ちび《ラント》と、留索栓《ビレイング・ピン》の打撲傷と舵手甲板の長年月と、そしてそれに、荒天の名残の遠い港のにおい[#「におい」に傍点]、強い顎《あご》と蕈《きのこ》のような耳、桐油《とうゆ》外套に赤縞のはんけち――海岸通りサン・ジュアン街の酒場《アベニダ》は、深夜の上陸船員で一ぱいだった。
 そこへ、リンピイと僕が半|扉《ドア》を押したのだ。

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