Aそれは直ちにわがリンピイのような港の売春宿の御亭主《オウルドマン》を意味する。だから、リンピイは若いくせに老人《オウルド・マン》だった。
 PIMPという一つの職業がある。
 リンピイはそれに従事していた。
 何かと言うと、これは、不思議に女性の肉だけを食べる人喰い人種のことで、妻だの娘だの情婦だのの肉を切売りして衣食している。もっとも、こんな身辺の女肉だけじゃあ需要に応じ切れないから、そこで、あらゆる方法で女を駆りあつめるんだが、この、専門の売春婦を養成して一定の契約のもとに各地へ配給する問屋制度に、昔から有名ないわゆる白奴交易路《ホワイト・スレイヴ・トラフィク》なる秘密工業がある。と言うと、莫迦《ばか》に十九世紀的にひびくが、この事実は、いまも国際的「|底の社会《アンダアワウルド》」の暗黒を貰いて立派に存在している。現に、国際聯盟の「世界悪」退治運動の重要項目の一つに上げられてるくらいで、パンフレットを発行したりして妨止に努めてるけれど、いくら国際聯盟あたりが躍起になって騒いだって、それは単にその暗流の実在を公表するにとどまり、何ら直接|刷掃《さっそう》の資にはなるまい。と思われるほど、欧羅巴《ヨーロッパ》中の都会、ことに港町における売春婦の跳梁《ちょうりょう》はおびただしいものだ。が、これも古今東西を通じて、人間の集まってるところには厳然たる一つの必要らしいからまず仕方があるまいとして、個人的動機から落ちるところへ落ちてく女はそれでいいだろうが、そもそも白奴交易なるものは、PIMPの元締《もとじめ》が映画的に活躍して、夜のピキャデリなんかを迂路《うろ》ついてるぽっと[#「ぽっと」に傍点]出の女や、ボア・ドュ・ブウロウニュを散策中の若奥さまや、学校帰りにそこらを歩いてる女学生などを甘言をもって誘拐し、気のついた頃は、すでに輸出向き商品として南あめりかあたりへ運送の途にあったりするんだから、これはどうも社会的におだやかでない。だいぶ赤本めいた話だけれど、知ってる人は知ってる事実である。だからこの白奴交易網に引っかかった女の多くは、新大陸の植民地でその売春婦としての教育を卒業する。それがまた市場《マアケット》へ出て欧羅巴《ヨーロッパ》へ逆輸入される頃には、いかに彼女らが海一〇〇〇山一〇〇〇の物凄い莫連《ばくれん》になってるかは想像に難くあるまい。僕はこの間《カン》の大音潮に多少 look into する機会を捉えたことがあるから――リスボンでの|びっこ《リンピイ》リンプとの交渉もその一つだが――この歴史的潜在白奴交易路に関する多くのえぴそうど[#「えぴそうど」に傍点]を所有している、が、それらは本篇「しっぷ・あほうい!」とは些少の接続しかないから略すとして――日本でだって君、不良の相場といえば「飲む・打つ・買う」の三拍子とちゃんとちょん[#「ちょん」に傍点]髷《まげ》時代から決定してる。この酒・ばくち・女は、欧羅巴でも同じく社会悪の三頭目だが、この頃ではもう一つDOPEというのが殖《ふ》えて来て、四つの脅威をなして文明と道徳を襲撃している。そこで坊さん・社会教育家・職業的慨世家――これはどこにでもある――がしじゅう何だかんだと喧《やかま》しく言うんだけれど、これらの邪悪《イヴルス》のかげには「史的に約束された一つの大きな手」が動いてるので、目下急にはどうすることも出来ない形だ。事実、すべての社会的破壊作業は国際的に共同戦線を張ってる。近くはこの白奴交易路《ホワイト・スレイヴ・トラフィク》にしても、これは世界的に組織された well known 売春団で、リンピイ・リンプのごとき、彼じしんの自覚と無意識を問わず、その有機網の末梢神経を構成するほん[#「ほん」に傍点]の一細胞に過ぎなかった。
 それにしても、女肉を常食とする点で、リンピイもPIMPはぴんぷ[#「ぴんぷ」に傍点]だった。
 で、彼がどんな猛悪な――あるいは罪のない――「ピンプ」だったかは、その女のしっぷ・ちゃんの手腕を見ただけでもおよそ判断のつくことだが、そのうえ彼は、妻のマルガリイダ婆さんから振り当てられてる手引人としての仕事も、決して忘れてるわけではなかった。
 が、どうしてリンピイが「客を引」いたのか、僕は知らない。とにかく、僕と彼のあいだに支那公《チンキイ》ロン・ウウのしっぷ[#「しっぷ」に傍点]・ちゃん[#「ちゃん」に傍点]契約が目出度《めでた》く成立して、二人が酒場《タベルナ》を出たとき、おどろいたのは、六、七人の船員たちが自進的に燃焼水《アグワルデンテ》に別れを告げて僕らといっしょに歩き出したことだ。
 だから、リンピイを先に妙に黙りこくった一行がどんどん[#「どんどん」に傍点]|山の手《バイロ・アルト》――高い区域――の坂を登って行った。マルガリイ
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