アとが多かった。子供は痴呆らしかった。なぜなら、猫を発見すると正確に石を投げる習慣だった。そして、十か十一のくせに、しじゅう地べたに寝ころんで母親の乳房とばかり遊んでた。この一家を引率して、老人は一日じゅう陽の当るところを転々していた。が、稼業だけは忘れなかった。だから彼らは、海底のような夕方の建物の影が落ちて来ても、郵便局からはあんまり遠くへ離れようとしなかった。お昼御飯にはやはり七輪の炭火に直《じ》かに鰯と塩を抛り出して、焼きながら頬張っていた。その黄白い魚臭が冬晴れの日光に波紋して、修築中の郵便局の屋根へ、鎖で縛った瓦《かわら》の束がするすると捲き上って行った。
向う岸はカシイアスの要塞だ。正午《ひる》はそこにも鰯を焼く煙りがあった。蒼ぞらでは、ほるつがる国陸軍爆撃機の生意気な二列縦隊だった。その真下の沖に、鋼鉄色に化粧した木造巡洋艦が欠伸《あくび》していた。これは領海に出没する隣国すぺいんの海老《えび》採り漁船を追っ払うための勇敢な海軍である。洗濯物が全艦を飾って、ここにも鰯をやくけむりが大演習の煙幕のようにMOMOと罩《こ》めわたっていた。
4
こういうりすぼんの波止場だ。
この、表面白っぽく間の抜けた底に、どこか田舎者めいた強情な狡猾さがぷうん[#「ぷうん」に傍点]と香《にお》って、決してこれだけが全部でないことを暗示《ヒント》していた。果して夜! You know, 闇黒は桟橋を物語化し、そして夜の波止場は紳士を排斥する。昼間の Seemingly に平和な自己満足のかわりに、そこには一変して酒精分の暴動《ライオト》だ。平《たいら》な地面に慣れない水夫達の上陸行列だ。海の口笛と、白い女の顔だ。しなり[#「しなり」に傍点]のいいマニラ帆綱《ロウプ》のさきに、鉄鋲《ナッツ》を結びつけた喧嘩用武器の|大見せ場《デスプレイ》だ。放尿する売春婦《プウタ》と暗い街灯の眼くばせだ。船員の罵声と空地の機械屑だ。飛行する酒壜と、人に肩をぶつけて歩く海の男たちの潮流。問題《トラブル》を求めて血走ってる彼らの眼。倉庫うらに並立する四十女の口紅。いつからともなく棄てられたまま根が生えてる赤|汽缶《ボイラ》のかげに、銀エスクウド二枚で即座に土に外套を敷く人妻。草に隠れてその張り番をする良人《おっと》。SO! あらゆる無恥と邪悪《ヴァイス》と騒擾《そうじょう》の湾《ガルフ》――毎晩徹夜して、「黄色い貨物」のように忠実に僕はその渦紋の軸に立ちつくしたものだ。
そうすることによって、僕は完全にLISBON港の|お客《ゲスト》になってたのだ。波止場のお客さんと言えば、いでたちも君、大概きまってよう。何世紀か前には地色の青だった、油で黒い火夫の仕事着に、靴は勿論片ちんばでなければならない。それに、桐油引《とうゆび》きの裾長《すそなが》外套――岬町《ケイプ・タオン》印し――しかし君、煙草だけはどうも他のは喫《の》めない。なんて、Perfumes de Salon, 亜弗利加《アフリカ》あるじぇりあ製のあれだ。あいつを茶色紙にこぼして、指先で巻いて端を舐《な》めながら、桟橋のでこぼこ[#「でこぼこ」に傍点]石垣に腰かけた僕の視野は、蔑晩もつづいて「古いインクの展開」とその上の植民地風だった。
SHIP・AHOY!
夜も煙りを吹いて船が出はいりして、何本もの航路が縦横に光っていた。波止場のそばのテイジョの河口は、青く塗った大帆前船《パルコ・デ・ヴェイラ》の灯で賑《にぎや》かだった。この船は、「|大西洋の真珠《ペルラ・ド・アトランチコ》」と俗称されるアゾウレスとマデイラの南島から、材木やバナナを積んでくる。昔この国の人は、リスボアから船出して三日も往くと、|暗黒の海《マアル・テネプロウゾ》があって、船が断崖から闇黒のなかへどかん[#「どかん」に傍点]と落ち込むように信じられていた。だから、こんな浪漫的な暗黒の海が商業的にすっかり明るくなって、この、全山花にうずもれた二つの無人島が発見されたのは、海洋史上比較的近代のことに属する。何と少年的な海の時代さであろう? りすぼんはその過去性で一ぱいだ。現にこの、夜の僕の行きつけの波止場カイス・デ・テレレ・ド・パソも、バスコダガマが印度《インド》航路への探険に出るとき祈った聖ジェロニモの寺院――いまはそこに彼の遺骸が安置してある――や、何年となく毎日国王が頂上から手をかざして、東洋からの帰船とその満載してるはずの珍奇な財宝とを待ちあぐんだというベレンの古塔に遠くない。じっさい僕が踏んでる波止場の階段も、その黄金治世の印度《インド》の石材で出来てるのだ。僕の|心の眼《マインズ・アイ》を、光栄ある発見狂時代のリスボンの半熱帯的街景がよぎる。フェニキア人の頃から、何とたくさんの黒人と赤人と黄人の異
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