_]を着て、草と好天気と羊を追ってぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]してるうちにやっぱり誰かに殺され、こんどの第三人目は、やっと三角帽を戴き毛皮つきいんばねす[#「いんばねす」に傍点]に手を通そうとしているところで、第四人目に楽しく殺害されて往き、この第四人目は――どうも限《き》りがないが、つまり、その度に飼主が変るんだけれど、羊のむれは羊の群らしくそんなことに関係なく、しじゅう汽車に驚いて集《かた》まってみたり、池に直面して凝議《ぎょうぎ》したりなんかばっかりしてる。
SAY! 古く粗雑に幸福な影絵の国ほるつがる。
お前は「欧羅巴《ヨーロッパ》のKOREA」だ。絢爛の色褪《いろあ》せた絵画織物《テベストリー》だ。Poogh !
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|大地のおわるところ《オンデ・テルミナ・ア・テアラ》
|大海の始まるところ《オンデ・ア・コミエンサ・ウ・マアル》
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――若いころ香水の朝風呂へ這入って金の櫛《くし》で奴隷に髪を梳《す》かせた史上の美女が、いま皺《しわ》くちゃの渋紙に白髪《しらが》を突っかぶって僕のまえによろめいてる。Why should I not take my hat off to thee?
そうしたら「|大地の終るところ《オンデ・テルミナ・ア・テアラ》|大海の始まるところ《オンデ・ア・コミエンサ・ウ・マアル》」にこの海港リスボンだった。
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|今日は《ボタアル》!
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その古趣と不潔と野蛮と俗臭の小首府、神様と文明に忘れられたLISBOAが、こうおりぶ[#「おりぶ」に傍点]油くさい嗄《か》れ声を発して僕の入市に挨拶した。
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|こんちは《ボタアル》!
|こんちは《ボタアル》!
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何と感謝すべきこの放浪性! その瞬間から僕はりすぼんとリスボンの古趣・不潔・無智・野蛮・神秘・俗悪のすべてを呼吸して、雑音と狭い|曲りくねった街路《ワインディング・ストリイツ》の迷宮へ深くふかく分け入った。そして当分出て来なかった。だから君、さっきから何度も保証したとおり、これはみんな、そのあいだにおける僕――ジョウジ・タニイ――のまんだりん[#「まんだりん」に傍点]仮装舞踏曲であることが一層うなずけよう。BAH!
年老いた両棲動物がリスボンだ。かれは海と陸に跨《また》がって、いつも口いっぱいオゾンを呑吐《どんと》している。その土と水の境界に、石で畳んだ波止場《カイス》があった。「|太陽の岸《コスタ・デ・ソル》」と呼ばれる海岸線ゆき郊外電車発着所《カイス・デ・ソウドレ》の近くに、入江を抱くように手を拡げてる広場の一方が、ゆるい石段になってひたひた[#「ひたひた」に傍点]と水に接していた。昼は、空と港が一つに煙って、へんに甘酸《あまず》っぱい大気のなかを黄塗りの電車がことこと[#「ことこと」に傍点]揺れて通った。その警鈴は三分の一ほど東洋的に儚《はかな》かった。濡れた赭土《あかつち》の盛られたそばで、下水工事の人夫達が路傍に炭をおこして鰯《いわし》を焼いていた。そのまま塩を振りかけてお弁当に食べるのだ。赤や青の原色の洋袴《スカート》をはいた跣足《はだし》の女たちが、何人も何人も、頭へぶりき[#「ぶりき」に傍点]張りの戸板を載せて続いていた。魚売りだ。元帥のような八字|髭《ひげ》を生やした女が多い。見つけた工夫達は黙っていなかった。
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OHOY!
|苦痛のまりあ《マリア・ドス・ドウレス》!
その髯を俺にくんろ!
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ひげの女らは、思いきり淫猥な言葉で応酬しながら、男たちの爆笑をうしろにお尻で調子を取っていく。その声が、片側の郵便局の前から、お爺さんの笑顔を振り向かせた。この老人は、その妻の、跛足で唖の女と、吹出物だらけの男の子と、ぼろぼろの一個の手提げとを全財産に終日|陽《ひ》あしを探してそこらを移り歩いては、しゃがんでるのだ。僕は、彼らと並んで何日も日向ぼっこをしたから、この一家族の生活はよく知ってる。老家長は代書人だった。きたない手さげのなかに、汚い紙と封筒と、きたないぺんとインクが驚くべき整頓さをもって這入っていた。書留用の封蝋や押印も揃っていた。AHA! 綺麗な花文字入りの封印まで! 蝋を垂らして印をするのが金一エスクウドだった。たまに客があると、非常な自尊と不愛想《ぶあいそ》とに口びるを曲げた老人が、ふるえる手でその大変な事業に着手した。何一つするにも恐ろしく時間がかかった。で、ときどき八字髭の女や、霜降りの木綿軍服を着た兵隊が田舎の恋人に手紙を書いてもらうくらいのもので、たいがい老爺《おやじ》と妻と息子と手提げが、四つぽかんとして通行人の膝から下を眺めてる
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