、けっして落ちない――と断言出来ない。しかし、旅客機ならまず九十九パアセントまでは安全だといってよかろう。安全|剃刀《かみそり》の安全なるがごとく、それは日常的に安全なのだ。』
『そうかなあ。けど九十九パアセントってのがどうも気になるね。あとの一パアセントはいったい何だい?』
『それは何かの故障・錯誤・違算――きっと今までの飛行術の知らなかった、ぜんぜん新しい、ほんの針のさきみたいに小さな誤謬の突発可能性さ。それでも空中では優《まさ》に致命的であり得るにきまってるからね。とにかく万能にほど遠い人間が、特定の一目的のほかは何らの用をなさない機械なるものをあやつって高くたかく地を離れるのだから、そりゃあ君、比較的危険率――それとも不安率と言い直そうか――の多い理窟じゃないか。』と。
 つねに冷淡な常識は、ここで私を突っぱなしてしまう。BUMP!
 自殺的行為――墜落中の心理――その感情・光景――新聞記事――それらが私にじつに如実に想描される。
[#ここから2字下げ]
「I・Aの旅客機墜落
  大木を打って一同惨死
    不運の乗客中に日本人夫婦」
[#ここで字下げ終わり]
 Or ――
[#ここから2字下げ]
「飛行史上に大きな謎
  原因不明の旅客機墜落
    眼もあてられぬ現場」
[#ここで字下げ終わり]
 Enough !
 だが、これらは不必要な、恐怖のための恐怖、単なる不吉のための不吉で、言わばたぶんの変態的興味をふくんでいるかも知れないが、つぎに私は、このチャアルス街エア・ハウスの第一歩に、AHAGH! より[#「より」に傍点]精神的に深刻な悩みをくぐらなければならなかった。
 科学はいま人間をいい気にあまやかしている。一たい、この思いあがったちょこ[#「ちょこ」に傍点]才《ざい》きわまる科学を過信し、あの、生を享《う》けて以来頭上にいただいてきた大空へ、図々しくもぬけぬけ[#「ぬけぬけ」に傍点]と舞い上ったりしてもいいものだろうか。それとも、原始人の恭敬篤実なこころにかえり、天を懼《おそ》れ頭を垂れ、鞠躬如《きっきゅうじょ》、かたつむりのごとく遅々として地を往くほうが、すくなくともこのさい「穏当」ではなかろうか。惟《おも》うに、人類――ことに東洋の――にとって、空は直ちにみそら[#「みそら」に傍点]であり天上であり、すでに立派に宗教概念の領域に属する。
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