この聖なる空間をぷろぺらで掻《か》きみだし、鳥族のごとく空を流れるさえあるに、あまつさえそれを近代的だなぞと誇称して蓮葉《はすっぱ》になっているうちに、これだけでも冒涜、不遜、そのうえ人は誰でももろもろの罪業ふかい生物だと聞く。天罰たちどころに到って――現実にBUMP! なんてことになりはしまいか。
 とこういうと、いよいよ|空の家《エア・ハウス》へまで出張《でば》って来てから、かなり長い思索の時間をもったように聞えるが、じつはただ――出来るだけ悠然とこのチャアルス街《がい》角の入口をまたぎながら、雲のない蒼穹――いまに私と彼女がそこへ行くのだ――と、テムズ河畔にいこう駄馬の列と、駄馬にからかう蠅のむれと、蠅の羽を濡らす光線と、その周囲、さんさんたる陽ざしのなかに黙って並ぶ善きふるき倫敦《ロンドン》の建物と――とにかく「墜落・惨死」にはあまり縁のありそうもない楽天的風景に接して大いに意を強うし、思わず、
『大丈夫ね、このぶんなら。』
『うん。しかし、それあ判らないさ。何しろ万能にほど遠い人間が、特定の一目的のほか用をなさない機械なるものをあやつって、高く地面を下にするんだから――。』
『あら! だってこんな静かな日――。』
 などと私と彼女がささやきあったとたん、それはほんの瞬間的に私を襲った一種の「はかなさ」にすぎなかったものを、いまあとからこうして解剖し描写しているだけのことなのだ。
 が、運命へ向って骰子《とうし》を振る気もち――とでもいおうか、底に悲壮な一大決意がよこたわっているのは事実で、こればかりは、いかに老練な飛行家でも、その一つひとつの飛行ごとに新しく経験するところの内的動揺であるに相違ない。この壮烈な賭博感にのみ、近代人を魅縛し去らずにはおかない飛行のCHICがあるのだ。
 空の誘惑。
 AH! The Air Line !
 やっぱり何という「とれ・しっく」! Ultra modern !
 BUMP!
『正午十二時の飛行ですね?』
 声が私を哲学から呼び戻す。「科学信ずるに足るや、はたまた信ずべからざるか」の大きな、そしていつまで経っても堂々めぐりの問題から――。
 で、われに返ってここチャアルス・リジェント街の角、T・A社「|空の家《エア・ハウス》」の内部を見わたすと、茶いろのゴルフ服に身を固めた顔のどす黒い異形の一人物と、あきらかに結婚によ
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