れ飛び、蠅の羽に陽が光って、川づらの工作船が鈍いうなり声をあげるいいお天気だ。
『大丈夫ね、この調子なら。』
ちょっと立ちどまった彼女が、こうかすかな声を発する。
『うん。しかし、それあ判らないさ。』私の眼はいささか意地わるく笑っていたに相違ない。『何と言ったって人間のすることだから。』
『あら! だって、こんなしずかな日。風はなし――。』
なんかと、私と彼女のあいだに、けさからもう何度となく繰り返された会話の反覆がまたしばしつづいたのち、ただちにふたりは敢然と民族的威容をととのえてその建物の内部へ進入した。
とまあ、思いたまえ。
BUMP!
いうまでもなく、チャアルス街とリジェント街の角は、帝国空路会社《インピリアル・エアウェイ》の倫敦《ロンドン》における「|空の家《エア・ハウス》」、いわば空の旅客の集合場である。|空の事務所《エア・オフィス》なのだ。
Oh ! The Air House !
なんとこの新語の有《も》つ科学的夢幻派の|色あい《ヌアンス》――十年まえそも地球上の誰がこんな言葉を考え得たろう?――その超近代さ、自然への挑戦! CHIC! CHIC! 〔Tre`s chic !〕 あるとら・もだあん! 私たちが、たしかに生きている証拠にじぶん達のなま[#「なま」に傍点]の神経をぎりぎり[#「ぎりぎり」に傍点]痛感する歓喜の頂天は、まさに空の旅行の提供する thrills につきると言わなければなるまい。なぜならそれは、この速力狂想時代の尖鋭、触角、突線、何でもいい、世紀の感激そのものであり、たましいを奥歯に噛みしめて味わう場合だからだ――というんで、ちょいと巴里《パリー》まで、なんかと、まあただ「人のする飛行なるものをわれもしてみんとて」、こんにちここにぶらりと立ちあらわれた私達である。
が、BUMP!
このチャアルス街|空中館《エア・ハウス》、飛行旅客の待合室へ踏みこんだ刹那、ひとつの正直な反省的|心状《ムウド》が、電波のように私の全身を走り過ぎたことを私は告白しなければならない。
もっとも超特近代的に無頼であるべき瞬間に、不必要な「|冷たい足《コウルド・フィート》」が私達をとらえたのだ。懐疑――自己保証――そして again 懐疑。
ここにおいて私と私の常識が押問答をはじめる。
『飛行機というものは絶対に落ちないか。』
『勿論
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