ッればならない。で、お婆さんは新聞をたたみ、男はねくたい[#「ねくたい」に傍点]へ手をやり、女は一せいにバッグをあけて鼻のあたまを叩き出す。
 BUMP!
 BUMP!
 BUMP!
 なつかしい地面が見るみる眼下に迫ってきている。世の中のにおい・石ころ・土・草の葉――色のくろい操縦者の横顔が笑う。下の仏蘭西《フランス》の格納庫員へ手をあげて――。
 彼女から私への最後の筆談。
『ヒコウカニナリタイ。』

   都会の顔

 ちょうどいつか。そしてどこかですれ違った通行人のなかに、性格的な人の顔が何ということなしに長く頭にこびりついていて、それがときどき訳もなくふっ[#「ふっ」に傍点]と思い出されるようなことがあるのとおなじに、旅にも、何ら特別の意味もないのに、どういうものかいつまでも忘れられない不思議な小都会というのがある。
 それはなにも、その町の有《も》つゴセック建築の伽藍《がらん》でもなければ、おれんじ色の照明にウォルツの流れる大ホテルの舞踏場でもない。さらにベデカに特筆大書してある「最新流行」の産地たる散歩街や、歴史的由緒のふかい広場や、文豪の家や博物館では決してない。では何がそれほどその町を印象づけるか、というと、そこには分解して言えない一つの空気があるのだ。
 旅の芸術《アウト》は、こっちがあくまで受動的に白紙《ブランク》のままで、つぎつぎに眼まぐるしくあらわれる未知に備えずしてそなえ、すべてをこころゆっくりと送迎してゆく手法にある。そうすると深夜に汽車のとまった山間の寒駅にも、高架線の下に一瞥した廃墟のような田舎町にも、夏ぐさにうずもれた線路の枕木の黄いろい花にも、その一つひとつに君は自分を見出すだろう。そうしてそれらに君じしんの姿を見た以上、山間の小駅も廃墟のような田舎町も、枕木の黄色い花も、しっくりと旅のこころに解けあって、いつまでも君を離れないであろう。
 この、人見知りをしない Care−free さで、ぶらりと君がひとつの町へ下りたとする。
 新しい不可思議な色彩が君のまえにある。
 奇妙な文字の看板、安っぽい椅子の海が歩道へはみ[#「はみ」に傍点]出ているキャフェ、悲しい眼の女たち、意気な軍服と口笛の青年士官、モウニング・コウトに片眼鏡の紳士、どなるように客を呼ぶタキシ、四、五人で笑いさざめいてゆく町の娘、見なれない電車、灯《ひ》に踊る停
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