スぞ、笑ったぞ!』
『なに? 笑った? ほんとか。』
『やあ、時計を出した。』
『ほら、来るぞ、くるぞ!』
 というようなことなんだろう。私たちが近づくと、左右の壁にぴったり背中をつけて立ち並んで、恐そうに口々に挨拶する。
『お早う!』
『お早う!』
『お早う!』
 そして、通りすぎたあとですぐ、
『おい! 聞いたか。男がお早うって言ったぜ。』
 なのだ。
 これをあんまりつづけられると、どんなに気のいい異国者《エトランゼ》でも、相手は子供と思いつつついうんざり[#「うんざり」に傍点]させられる。どうもここらの児《こ》は普通より質《たち》がわるいようだが、その国の子供は最もよくその国をあらわす。例のアングロサクソン・スウペリオリティ――不幸にも――の観念からか、一体イギリス人は外来者を受け入れない。英吉利《イギリス》では、外国人はどこまで往《い》っても外国人である。自分たちより一段も二段も下の動物と、万人が万人そう思っているらしい。ただ大人《おとな》は、動物にさえ――動物であるがゆえに一そう――悪感情を持たせまいとする紳士淑女らしいデリカシイから、電車内や往来などでも、ちらりちらり[#
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