A町娘等のムウビイ・ゴウアス――がぎっしりつづいて。
ただそれだけの野次《モッブ》である。
ほかの人々は、自動車のうえを見るよりも、そのまわりの群集をみている。それも、いかにもイギリス人らしく可笑しいほど厳粛な沈黙と静寂のうちに。
はじめからアドルフ・マンジュウを目的にしていたのは、集まった人々の十分の一だったのだ。他は、ただ群集のために一時歩行を中止していたのである。しずかに、そして自制的に、いかにも英吉利人らしく無言のまま。
アドルフ・マンジュウのあの浅黒い光った顔と、中年女の好きそうなひげ[#「ひげ」に傍点]と、有閑好色紳士めいた鼻のわきの小皺《こじわ》とが、イギリス人らしいあっけ[#「あっけ」に傍点]ない群集のなかを、映画用微笑とともにゆるくドライヴして行った。そばに、巴里《パリー》の新夫人――新夫人めかしてうつむいた――の肩に、ストウン・マアテンの毛皮が自動車の震動でこまかくふるえていた。
アドルフは灰色に縞の眼立《めだ》つ背広、夫人は黒のテイラメイド・コスチュウムだった。
信じられないかも知れないが、いくら「アドルフ・マンジュウ」だって、「法律による自分の妻[#
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