u自分の妻」に傍点]」とともにこうして自動車を駆ることも、たまにはあるのである。
 空は高く青く、建物は低く黒く、満足したらしい群集は自治的に解散し出す。最後に、イギリス人らしい可笑しいほど厳粛な沈黙と静寂のうちに。
 待っていたようにバスが唸り出し、苺《いちご》売りが人を呼び、町かどの巡査は人間性を理解しつくしたもののごとく長閑《のどか》にほほえみ、ふたたびいつものヴィクトリヤ停車場まえの妙に鄙《ひな》びたすなっぷ[#「すなっぷ」に傍点]だ。
『思ったより年をとってるのね、アドルフ・マンジュウって。』
 救われたように彼女が言っていた。まず、これはこれでおしまい――そういった、きょうの見物順序《プログラム》のひとつをすました旅行者のよろこびで。

   小野さん

 小野さんはロンドンにいる日本人である。
 小野さんはいつも下宿を探している。
 この下宿さがし――小野さんと私たちが相識《しりあい》になったのは、その「下宿探し」という楽しい企業に関する一つの妙ないきさつからだった。
 当時私たちは、西南の郊外に近いパレス街に、そこらによくある賄付下宿《ボウデング・ハウス》の一つ、ベント
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