驍らゆる驚異に慣れてしまうと、私は、いまさらのように自分の残してきた孤島を振りかえって、そこに大きな大きな無数の驚異を発見している。
 日本! 早い話が、この眼前の食物一つでもわかるように、何というユニイクな国土!
 と、私が、自分の食べあらした皿を眺めて他人《ひと》ごとのように感心していると、むこうの卓子《テーブル》から見識《みし》らぬ日本紳士が立ってきて慇懃《いんぎん》に礼をした。
『ええ、ちょっと伺いますが――。』
『はあ。』
『わたくしは今朝《けさ》チェッコスロバキヤから着きましたもので。』
『は。』
『ここははじめてですが――あのう、ボウイのチップはどうなっておりましょう? 一割勘定書について参りますか。それとも別に――。』
『べつに置くようです。私はいつも一割やりますが――。』
『あ、そうですか。どうも有難うございました。』
『いえ。どう致しまして。』
 そうかと思うと、あっちの隅では二同胞のあいだに先刻《さっき》から大論判がはじまっている。
『諾威《ノールウエー》も瑞典《スエーデン》も旅券の査証は要らないんだ。』
『そうかなあ。どっちだったか確か要る国があったと思うがな
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