キ暗い帳場のわきを通って階下《した》の食堂へ出る。高い窓から採光してあるだけなので、くもった日には昼でも電灯がともっている。壁によって白布の食卓、中央の机には「なつかしい故国の新聞」が二、三種綴ってあって、久方ぶりに相見《あいまみ》える餅菓子、どら[#「どら」に傍点]焼・ようかん・金つばの類が硝子《ガラス》器のうえにほとんど宗教的尊崇をもってうやうやしく安置してある。このろんどんの真ん中に、ここだけは切り離されたように見るもの聞く物すべてが「日本」だ。いつ行っても大概どの卓子《テーブル》もふさがっていて、AHA! なんと多勢のにっぽん人! みんな嬉しいことには私たちとおなじ黒い髪、黄色の皮膚、眼のつり上った真面目な顔、高い頬骨と短い四肢――地位と職業もほとんど一定している。正金《しょうきん》のAさん・住友のB氏・三井のCさん・郵船のD君・文部省留学生E教授・大使館のFさん――夫妻・子供・それに日本から伴《つ》れてきている女中――新聞社特派員のG君・「商業視察」のHさん・海外研究員のT君・寄港中の機関長J氏――これらは、すこし大きな欧羅巴《ヨーロッパ》の町ならどこでもかならず見参する「在
前へ
次へ
全63ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング