Aなるほど問題は食物に相違ないが、その奥底に、飲食物なる最も端的な本能的なかたちを採って「遠い祖国」への恋ごころが――可哀そうにも!――動いていることを考えていただきたい。いやに辞を弄して自分の意地きたないところを弁解これ努めているようだが、とまれ、この「日本食へのあこがれ」―― only too often 私と彼女はこの異郷の発作におそわれる――ばかりは、日本に居ることによってあまりにその境遇に狎《な》れしたしみ、恵まれた運命に感謝することさえ忘れている大それた諸君《みなさん》には、とうてい察しが届くまいと私は逸早くあきらめている。しかし、私は確信する。私がこの紙とペンに託して私の最善をつくしたなら――何と大変なことになったものよ!――すくなくとも幾らかの実感が滲《にじ》み出て、それが諸君を打たずにはおかないであろうと。
こと食べ物に関して来たらつい[#「つい」に傍点]むきになって申訳ないが、ま、一さいの議論はあと廻しにして早速SAKURAの戸をあけるとしよう。
戸を開けると、倫敦《ロンドン》チャアリング・クロスのそばに、この日本御料理さくら[#「さくら」に傍点]である。
う
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