盾フ頁をぱらぱらと繰っていた私は、間もなく、すぐ眼のまえの戸口に、黒と銀の派手なドレッシング・ガウンをまとった半白《はんぱく》の一人物が、タオルで頬を撫でながらぽつん[#「ぽつん」に傍点]と直立しているのに気がついた。市村羽左衛門の登場――はいいが、なるほど今まで「剃《あた》」っていたらしく、しきりに顎《あご》のあたりを気にして拭いている。縞フランネルのパジャマのずぼんをだぶだぶに折返して――西洋のは脚が長いから――その上から洒落た部屋着《ガウン》なんか引っかけてはいるものの、だんまりのうちによく見ると、やっぱり弁天小僧の、切られ与三の、直侍の、そうしてKABUKIの「大たちばな」だ。いくら西洋のドン・ジュアンに扮したって争われないことには耳が裏切っている。と同時に私は、この倫敦《ロンドン》ピカデリイとメイフェアのあいだにあって、たしかにちょうん[#「ちょうん」に傍点]と木の頭《かしら》を聞き、のし[#「のし」に傍点]のついた引幕の揺れを見、あの雑色的な「おしばや」の空気を感じ、ぷうんと濃厚な日本のにおいを嗅ぎ、弁松の膳《ぜん》――幕あいの食堂で――にむかって衛生|御割箸《おんわりばし
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