、そのまま穏便に別室へ通れば、眼の下にはピカデリイ・サアカスからハイド・パアクへと、およびその反対の交通――車輪と靴による――のざわめき、鉄柵のむこうにグリイン公園の芝生、メイフェアの家々の煙突の林、車道を横ぎる女、手を上げてタキシを呼びとめる老紳士、郵便箱をあけて袋いっぱいにさらえ込んでいる配達夫、それを見物している使小僧《メッセンジャア》、スワン&エドガアの赤塗り荷物自動車、If It's Trueman, It Is a Beer の看板――それらが静粛に扁平に鳥瞰されて、朝のおそいここらにも、さすがにもう昼の事務の開始されているのを知る。が、一たび眼を転じて室内を見わたすや、かたわらの卓子《テーブル》に、主人公羽左衛門が愛読するらしく「面白くてため[#「ため」に傍点]になる」日本の娯楽雑誌――幕末剣客・妖婦列伝・成功秘訣・名士訓話等々満載――が二、三投げ出してあるきり、ここばかりはなつかしき故国の勇敢な延長だ。
 いかさま「日本|娘の寵神《フラッパア・アイドル》――カブキの偶像」が正《まさ》しく鬚《ひげ》をそっているとみえて、水の音が長閑《のどか》にきこえてくる。そこで、その雑
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