O同胞」の典型である――が、めいめい日本へ帰ったような at home さをもって自由に箸《はし》をうごかし、そしてより[#「より」に傍点]以上の、非常に驚くべき自由――おお! 感謝すべき自国語の特権よ!――をもって談じかつ笑っているのだ。
 テエブルにつくと、HON給仕人――日本人の――がHON献立表《メニュウ》――日本語の――を持って“No”のように無言に接近してくる。昼食三|志《シリング》・夕食三|志《シリング》六|片《ペンス》とあって、ア・ラ・カアトのほうを見ると、こうだ。
 そのいかに本格に日本的であるかを立証するため、左に出来るだけ忠実に写し取ることにする。
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   舌代《ぜつだい》
お吸物      一|志《シリング》
刺身       十一|片《ペンス》
酢の物      十一片
天ぷら      一志五片
そば いろいろ  十一片より一志六片まで
うどん いろいろ 同
ざるそば     十片
蒲鉾《かまぼこ》       十一片
大根おろし    六片
味噌汁      九片
うに しおから  四片
御飯       九片
御漬物      三片

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 その他いろいろとあるとおりに、ぬた、したし物、湯豆腐、冷《ひや》豆腐、でんがく、にゅうめん、冷《ひやし》そうめん、茶碗[#「茶碗」に傍点]蒸し、小田巻むし、鰻《うなぎ》蒲焼、海老|鬼殻《おにがら》焼、天丼、親子丼、海苔佃煮《のりのつくだに》、寄せ鍋、鯛ちり、牛鍋、かきどふ鍋、鳥鍋、鴨鍋、御寿司、御弁当――およそ普通の日本料理のすべてを網羅していて、余白に曰《いわ》く。
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多人数様の御宴会には特別勉強致します。
尚《なお》仕出し御料理その他御弁当御寿司などの御註文は多少にかかわりませず迅速に御届け申上ます。
   月  日[#地から5字上げ]さくら 敬白
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 ちなみに英貨一片は日本の約四銭、一志がざっと五十銭に相当するこというまでもない。
 さて。
 そこで私たちも「日本へ帰ったような気」になって片隅に腰をおろし、耳へ飛びこんでくる雑然たる「日本」の物音を心しずかに味わっていると――。
 給仕人と女給――ともに日本人――が二階の台所へ向って註文を通す声がはっきり聞える。
『定食ツウ!』
 けだし「ツウ」は two にして二つの意味であろう。
『ナンバ・フォア、味噌汁スリイ願います。』
 四番さんおみおつけ三つというところ。
『ワン新香《しんこう》、おうらい!』
『海苔まきフォア・六人《シックス》!』
『ナンバ・セヴンのお椀まだですか。』
『十一番さん、御飯《ライス》おかわり!』
 皿の音、沢庵《たくあん》の香《におい》、お醤油のこげるにおい、おつゆを啜《すす》る盛大なひびき、「いらっしゃいまし」「お待ち遠さま」「有難う存じます」の声々――それに混じって食堂じゅうに色んな日本語が縦横に走り交《かわ》している。
『おい君、巴里《パリー》で行ったかい? え? ほら、あそこさ。例のところさ。はは。』
 と大声を発しているのは、若い会社員の一団――恐らくは一つ橋出らしい郵船の人たち――の食卓である。
『いや、そのことさ。じつはこうなんだ――。』
 ひとりが答えかけて低声《こごえ》になると、みんなの首がまえへ出て話し手のほうへ集まる。
 隣りに静粛にお刺身をつついている二人の老人組は、その端正さ、その謹厳な態度から押して、ともに大学教授何なに博士に相違ない。口をもごもご[#「もごもご」に傍点]させて何か言っているようだが、ときどきウインというのが聞えるところから見ると、近くウインから来倫《らいロン》したものらしい。泰然と落着いて二本の箸をあやつっている容子《ようす》に、どことなく中華大人の風格があって、なかなか頼母《たのも》しい眺めである。
 こっちの卓子《テーブル》には、頭をきれいに分けて派出《はで》な両前の服を着た日本青年――N男爵嗣子オックスフォウドの学生――が、とうに食べおわったお膳をまえに、一月前の東京の新聞に読みふけっている。そばの家族づれは領事館の人らしい。七、八つの男の子が上手に日本言葉と英語を使いわけている。
『わっはっは!』
 という猛烈な笑い声が若い会社員のてえぶるに爆発して、一時満堂の注意をあつめる。かれらは「若い会社員」らしい、いわゆる「わいだん」を一しきり済ましたのち、こんどはゴルフの話題だ。
『そりゃあ畑中君にゃあ敵《かな》わないさ。何といったっていいドライヴだからなあ――。』
『しかし、はじめのうちから早く廻ろうとするのはうそ[#「うそ」に傍点]だね。』
『畑中なんか君、玄人《プロ》に言わせるとゴルフじゃないっていうぜ。』
 畑中君はその場に居あわせな
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