踊る地平線
黄と白の群像
谷譲次
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)番頭《クラアク》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)毎年|五月《メイ》に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]
〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)斑点と 〔te^te−a`−te^te〕 笑声。
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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アイチミュラ・羽左衛門
『ミスタ・ウザエモン・イチムラ――有名な[#「有名な」に傍点]日本の俳優がここに泊っているはずですが、いまいらっしゃいましょうか?』
あちこち動きまわっている番頭《クラアク》たちのなかから、やっとのことでひとりの注意を捉え得た私は、せいの高い帳場《オフィス》の台ごしに上半身を乗り出して、「有名な」に力を入れてどなるようにこう訊いた。
相手の番頭というのは、縞《しま》ずぼんに黒の背広を着た、いかにも英吉利《イギリス》のホテルのクラアクらしい五十がらみの赤毛の男である。場処は倫敦《ロンドン》ピカデリイのパアク・レイン・ホテル――午前十時。
六月末の蒸暑い曇った日で、戸外の、世紀的に古いロンドンの雑沓を貫いて、まえのピカデリイを走る自動車の警笛が、しっきりなしに、それでいて妙に遠く聞えている。
メイフェア――と言えば、「倫敦《ロンドン》のロンドン」だ。ベイスウォウタア、ベルグレヴィア、サウス・ケンシントン、それにこのメイフェアの四つが、いっぱんに倫敦《ロンドン》市内で一ばん高級な住宅街となっているが、メイフェアの持つ歴史と香気にくらべれば、ジョウジアン時代以後に出来た他の三つの区域は、厳正な意味で倫敦的であるべくあまりに生々しい。いいかえれば、それほどメイフェアの石と煉瓦は、雄弁に、じつに雄弁に倫敦を語っているのだ。この、十八世紀初期の建築が低い表階段を並べているメイフェアなる地点は、いろいろな装飾で取り巻かれた中心に小さな宝石が象眼してあるように、地理的にいえばごくせまい。南はピカデリイ、北はオックスフォウド街、東はボンド街、西はパアク・レインにかこまれた一廓に過ぎないが、小さな横町が無数に通っているので、生粋の倫敦人でもうっかりすると迷児《まいご》になるくらいだ。大富豪の邸宅――といったところで驚くほど小さな――に混《まじ》って、ばかに内部の暗い本屋や毛織物店が、時代と場処を間違えたように二、三軒かたまっていたりして、ここの街上で見かける紳士はどこまでもふるい英吉利《イギリス》国の紳士であり、角の太陽酒場《サン・イン》から口を拭きながら出てくる御者と執事と門番は、そのむかしワイルドのむらさきの円外套《まるがいとう》をわらった御者と執事と門番に完全に――服装以外は――おなじである。しずかに過去を歩こうと思えばこのメイフェアに限る。近代化、もしくは亜米利加《アメリカ》化しつつあるいまのロンドンに、いぎりすらしく頑固に、そして忠実に倫敦《ロンドン》を保っているのはメイフェアと霧だけだからだ。十八世紀の中頃までは、毎年|五月《メイ》にここに|お祭《フェア》があって、この名もそこから来ているのだという。なるほどメイフェアの家は一つひとつが古いエッチングのように重く錆《さ》びている。そのなかの半月街に、一つちょっと通りへ出張った窓があるが、シェレイが快活な表情と輝かしい眼とで、本を手に、朝から晩まですわっているのがおもてから見えたというのはここだ。鳥籠と餌入れと水がないだけで、まるで若い貴婦人に飼われている雲雀《ひばり》が、日光のなかで歌うために出窓へ吊るされているようだと当時近処の人が陰口をきいたほど、この半月街の窓とシェレイとは離れられないものになっている。つぎのクラアジス街三番邸には一時マコウレイが住?ナいたことがあり、三二番はよくバイロンが訪問したので有名だし、ボルトン街にはドュ・アブレイ夫人のいた家があり、そこの玄関にしばしばウォルタア・スコットの姿を見かけたそうだし、チャアルス街四二番はボウ・ブラメルの住宅だったし、ボンド街は倫敦のルウ・ドュ・ラ・ペエだし、アルブマアル五十番は、この屋根の下でバイロンとスコットがはじめて会っているし――そうしていま、そのメイフェアの西端パアク・レインに、弁天小僧の、切られ与三《よさ》の、直侍《なおざむらい》の、とにかく日本KABUKIの「たちばなや」が印度大名《マハラジャ》のごとき国際的意気をもって雄々しくも――フジヤマとサムライとゲイシャの芸術国から――乗り込
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