しの倫敦呼声《ロンドン・クライ》のおもかげをつたえて咽喉《のど》自慢らしく叫んでくる。
[#ここから2字下げ]
こうる・まあああん!
こうる・まあああん!
[#ここで字下げ終わり]
 そうすると、雨のなかをあちこちの家から細君や娘たちが走り出てその日の石炭を買い込む。五月だというのに、寒い雨のおかげで、人は一日炉のまえに椅子を引いて暮らしているのだ。
 とにかく人をめらんこりい[#「めらんこりい」に傍点]にする雨が day after day つづいてゆく。四六時ちゅう勝手に降ったり上ったりする、じつに無意義な灰色の水粒だ。ろんどんの五月の雨よ。呪われてあれ!
 May in England ――多くの詩人と、より多くの詩の追随者たちによって、薔薇《ばら》・ひばり・日光・微風・花の香・田舎みち・濃い木影なぞと古来讃美されてきた五月のろんどんだから、さぞ色彩的な生活情緒が自然に人事に高唱されていることだろうと思ったら、ALAS! 異国人にとって倫敦《ロンドン》の五月はこんなにまで不人情につめたく感じられる。げんに雨と靉日《あいじつ》と落莫《らくばく》たるただずまいとが、いましっかり私を押
前へ 次へ
全66ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング