ニはなかった。ただみんなが平和な怠惰と不潔な食物と無害な嘘言とに楽しく肩を叩きあっているばかりだ。それが私にはたまらなく不平だったが、より以上に私を不思議がらせたのは、この人々が、私が日本の社会で私の周囲に見たのと全然同じ小市民的な雑事に追われとおしていることだった。たとえば「何をやらせても駄目な息子」、「六|片《ペンス》あるとすぐ呑んでしまう父親」、「妹の結婚に嫉妬のあまり狂言自殺をする姉」、「年中洗濯の手腕を自慢しているおふくろ」、「どうも近頃様子のへん[#「へん」に傍点]な娘」、「ごみ[#「ごみ」に傍点]を食べて困る赤ん坊」、「何かちょっと借りに来ちゃあ決して返したことのない隣家の女房」――登場人物と出来事はたいがい型のごとくきまっていて、どこの国の裏店《うらだな》もおなじに、人は雨と煩瑣な感情にわずらわされながら無自覚な混迷のうちに年をとってゆくにすぎない。こんな当然の発見を発見としなければならないほど、あまりにもその諸相《フェイゼス》が同一なために、いつしか私たちは異国に来ているという心もちをすっかり忘れて、故国にのこしてきた小さな身辺といささかの変りもない人情と世の中を見出
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