\―。
仮りに電車のなかで誰かがいや[#「いや」に傍点]というほど君の足を踏んだとする。このとき、君がもし大英国の紳士!――もしくは淑女――なら、君はしずかにその加害者を振り返って、おもむろに、しかし出来るだけ金属的に、社会道徳上一般に公認された悲鳴をあげることであろう。
『|有難う《キュウ》!』と。
そしてまた――。
市街自動車で車掌から切符を買う。すると、車掌も客も同時にこの「キュウ!」をやりあう。車掌は切符を売るのがあたりまえ、客は車掌から切符を買うのが当然で、その間「|有難う《サン・キュウ》」も何もなさそうなものだが、そこらがいぎりすの英吉利《イギリス》たるゆえん――車掌も客も紳士であり淑女である発露なのであろう。もっとも何の意味もない「キュウ!」なんだから、たとえそれが「多謝《キュウ》」のかわりに「地獄へ行け」であってもいっこうさしつかえないわけだけれど――だから、女中が料理をはこんでくれば「キュウ!」その皿を落して割っても「キュウ!」皿のかけが飛んで怪我をしても「キュウ!」雨が降っても「キュウ!」陽が照っても「キュウ!」――で、こういう私たちも、朝から晩までボウイにも
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