ツん」に傍点]とモウニングの袖ぐちを引っぱって、売子の女に上官としての適度の威をしめして言った。
『この紳士へ旅行用衣裳掛けをお見せ申すように。』
 で、ついに私も、こんなに骨を折らせた旅行用衣裳掛けなる怪物を現実に――OH! じつに現実に!――私のこの掌《てのひら》のうえに捕獲する機会に到達し得たのだった。これは一に私が、印度《インド》人にまで「変装」してその難捜査に従事した結果であると私はいまだに信じている。
 買物で思い出したが、英吉利《イギリス》人はやたらに「Q!」という。Thank you だが、これがどうしても「キュウ!」としか聞えない。それも恐らく尻上りの「キュウ!」なんだから、はじめは誰でもちょっとびっくりさせられる。店へ這入る。すぐに番頭か女が近づいてきて、
『わたくしに出来ることがございますか――何をお眼にかけましょうか?』
 なんかという。こっちの店の制度は、たいがい売子がじぶんの売上高の何割かを貰うことになっているから、みんな一|片《ペンス》でも高いものをひとつでも余計に売りつけようというので一生懸命だ。これを知らずにいぎりすの店員は親切で熱心だなどと無闇《むや
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