魔ウむき冬と、ちょうどよきところの春と秋とを持つ。』
『ひゃあっ! 年が年中べらぼうに暑いってえじゃありませんか。うそ[#「うそ」に傍点]ですか?』
『否《いな》。そは断じて事実にあらず。』
 会話の速度が早まるにしたがい、私は一そう切口上だ。床屋は非常に不服そうな顔をしている。
『そうですかねえ――ばかに暑いってことを聞いたがなあ。うそですかねえ、すると。』
 そこで私は、念のために訊いてみた。
『汝は果して世界のいずくに関して談じつつあるや、われこれを疑う。』
 すると床屋が言下に応答した。
『印度《インド》じゃありませんか勿論――お顔は? お剃《そ》りになりますか。』
『否《ノー》!』
『洗髪《シャンプウ》は?』
『否《ノー》!』
『おつむりへ何か?』
『否《ノー》!』
『香油でも――。』
『否《ノー》!』
 八|片《ペンス》おいて出てくるときひょい[#「ひょい」に傍点]と鏡を覗くと、真赤に憤慨中の「印度人」が、この小さく傷つけられた民族の誇りに、いよいよ昂々然と刈りたての頭を高く持しているのを発見した。
 戸外は、それこそ印度《インド》猛夏の日中だった。
 亜米利加《アメリカ》
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