Bこいつが店へ這入《はい》ってきたとき魚のにおいがしたから、按ずるに、このデックは四、五軒さきの魚屋《フィシュ・バア》の若い者であろう。と言っても、べつにいなせ[#「いなせ」に傍点]ななりをしているわけではない。金いろの毛の密生した手で新聞を読んでいる。
『じっさい、』と床屋は私の頭のうえで、『もう二、三時間もしたらわたしの考えじゃあざあっ[#「ざあっ」に傍点]と一雨来ますね。それからぐっ[#「ぐっ」に傍点]と涼しくなりまさあ。』
『われは、そのなんじの予言の真実ならんことを望む。』
 これは言うまでもなく私だ。何だか知らないが床屋はひどく驚いている。
『おや! 旦那は暑いのはお嫌いですか?』
『われは、あまりに寒きを好まざるがごとく、あまりに暑きをも好まざるものなり。』
『へえい! そいつあ驚きましたね。わたしゃまた、旦那あ寒いのあ閉口だろうが、暑いのはどんなにあつくても、暑くて困るってこたあないのかと思ってましたよ。』
『そも何が汝をしてしかく思わしめしや?』
『だって、暑さには慣れておいででしょう? お国は素敵にあついんじゃありませんか。』
『われらは故国において相当暑き夏と、相
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