においを運んで、そこに植物の歓声も沸けば、しずかな詩のこころも見出されようというものだが、これは夜もひるもない暗い騒がしい雨なのだ。朝となく夕方となくろんどん[#「ろんどん」に傍点]を包む湿気の連続なのだ。よし一しきり雨がやんで、白い日光がぼんやりと落ちてくることがあっても、それはまた直ぐ水の線に変って、太陽よりもっと平均に隈《くま》なくそそぐであろう。傘とレイン・コウトの倫敦《ロンドン》に名物の薄明が覆いかぶさる。夜に入って一そうの雨だ。
 すると、ちょうど前の往来に立っている古風な街灯のひかりが流れこんで、雨の真夜中でも新聞の見出しが読めるほど部屋はあかるかった。私たちの間借りしているパアム街一〇九番の三階建の家は、完全におなじ建築と外観の住宅が何|哩《マイル》も何哩も、ほとんど地球のそとにまでつづいているように思われる。たましいを掻《か》き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》りたいほど退屈なパアム街のなかほどに、109という番号字の剥《は》げかかった茶|煉瓦《れんが》の立体が、赤く枯れた蔦《つた》をいっぱいに絡ませて、よろめきながら街路にむかって踏みこたえている
前へ 次へ
全66ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング