る窓の二枚の絵は、歪《ゆが》んだ建物といささかのみどりと炭油《タアル》で固めた路との散文的な風物に過ぎなかったが、画面を這《は》う日脚と光線のあや[#「あや」に傍点]とが、そのときどきの添景人物とともに見飽きない効果と触《タッチ》を出していた。不思議な帽子をかぶった郵便配達夫が、大きなずっく[#「ずっく」に傍点]のふくろをかついで雨のなかを行く。買物の帰りらしい女が赤い護謨外套《マッケントン》の襟を立てて歩道に水煙を蹴散《けち》らしてくる。樹の下に立って空を見あげている男がある。そこへまたひとり若い女が駈け込んで行った。彼女は帽子が気になるとみえて、すぐ脱いで、雨にぬれたところをしきりに拭いている。丘のような荷馬車が、その車体よりも大きな箱を積んで私の絵へはいって来た。荷物のうえで、四、五人の労働者がびしょ[#「びしょ」に傍点]濡れのまま笑っているのが見える。ちょうど絵のまん中で、御者は肺いっぱいに雨を飲みながら欠伸《あくび》をして行った。彼女の窓には巡査と犬と子供がいる。巡査は巡査らしく立ちどまってあたりを睥睨《へいげい》し、犬は鎖を張って子供を引いて去った。光る雨ならまだしも五月の
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