の板だ。それが、遠雷のようなロンドンのどよめきを反響して、ぜんたいが遅々とそして凝然と押し流れてゆく。早く言えば、空というひとつの高いはっきりした存在があるのではなく、ろんどんの呑吐《どんと》する煙が厚い層をなして、天と地を貫いて立っているにすぎなかった。その低空にがあっ[#「があっ」に傍点]と音がする。があっ[#「があっ」に傍点]と音のするような感じで瞬《またた》く間に空がくもるのだ。そうすると向側の家を撫でていた薄陽《うすび》がふっと影って、白い歩道の石に小さな黒点がまばらに散らばり出す。きょうも雨だ。
雨・雨・雨――五月の雨。
煤煙と人いきれと音響を溶かして降る倫敦《ロンドン》の雨。
なんというものとにい[#「ものとにい」に傍点]、何という呪われた憂鬱であろう!
窓枠のなかの風景画にも雨がけむる。
昼は、石と鉄と石炭の巨大な立体の底に銀色のしぶきをあげて、庭木をとおして見える家々の角度が水気にぼやけ、黒く濡れて光る道に、走りすぎる自動車のかげがくっきり映っている。空気のかわりに蒼然たる水滴が濃く宙を占めて、まるで液体のなかに棲息しているような気がするのだ。私たちの愛玩す
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