シ。良人《おっと》たちはみな市の中心へ出勤し、夫人達はそろそろお茶の支度にかかり、胃は昼飯《ランチ》を消化して睡気《ねむけ》をもよおし、交通巡査はしきりに時計を見て交替にあこがれ――これを要するに、町ぜんたいがようやく一日の疲れを示し出して、蠅《はえ》と床屋の鋏《はさみ》と太陽だけがますます調子づくほか、一時ちょっと万物が虚脱するような真昼の静寂だった――どうもいかにも大事件が突発しそうだが、また私じしんにとっては確かにひとつの衝懼《ショック》にちがいなかったが――。
ところで、「|近処の床屋《ネイバフッド・バアバア》」と言えば、その舞台装置はたいがいきまってる。あんまり綺麗でない壁にあんまり綺麗でない大鏡が二個|乃至《ないし》三個ならび、そのあいだに角の演芸館《ヴァライティ》の二週間まえのびら[#「びら」に傍点]と、ジョニイ・ウォウカア―― Born in 1882, still going strong ――の広告絵がかかり、あんまり綺麗でない白衣を着た床屋が――床屋のくせに髪をぼうぼうさせて――とにかく、出はいりの誰かれとみんな知合いとみえ、
『よう、ハアリイ! あれからどうし
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