「。
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ああ――ん!
ああ――ん!
ああ――ん!
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散歩者の感情
「旅は、はるばるほんとの自分をさがしに出るようなものだ」という。この「ほんとの自分」として最初に行ってくるのが、じぶんの属する人種と国籍にいまさらのように気のつくこと。そしてそのもっとも端的な場合が――床屋だ。
で、これは床屋での出来事――出来事というほどのことでもないが――である。
いったい日本でも理髪店は私を臆病にする。鏡という女性的な、伝説的な存在のまえで、刃物と饒舌が思うさま活躍するからだ。ことに白い布を首のまわりへ押しこめられて、大きな椅子に捕虜になっていると、私はすっかり自信をうしない、かがみの中の自分へむかってひたすら恐縮する。「一男子がこころから友達を要求する時」――そんな気がしてくるのだ。
だからその時も、こみ上げてくるこのはかなさ[#「はかなさ」に傍点]で一ぱいになりながら、私は椅子にじっ[#「じっ」に傍点]として一刻も早く「手術」がおわるのを待っていた。倫敦《ロンドン》の町はずれの、一住宅区域内の商業街の、煙草屋の奥の床屋である。午後二時
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