て、私たちの自動車もたちまち彼らに包囲された。口々に囀《さえず》るような一本調子である。
『奥さま!』と私よりも一せいに彼女をくどきにかかる。『この児《こ》に一|片《ペンス》やっとくんなさいな。ほら! こんな可愛い児! 運がよくなりますよ! 賭けた馬が勝ちますよ! ねえ奥さま、この児に一|片《ペンス》――。』
 れんめんとして尽きない哀音だ。知らん顔をしていてやるんだが、あんまり「可愛い児」だというからつい見る気になると、私たちの鼻さきに、握拳《にぎりごし》大の、それでいて妙に年寄りじみた赤ぐろい顔が、一|打《ダース》ほどずらり[#「ずらり」に傍点]と突きつけられていた。ジプシイ――悪いことはすべて[#「すべて」に傍点]彼らの所為となっていて、またじっさいそうかも知れないが、毒々しい色布と人ずれとに身を固め、職業的勇敢さをもってどこにでも出現し、どこまでも肉迫してくる乞食民族の旅行隊――かれらの皺《しわ》の一つにも諸大陸の味がこまかく刻み込まれている。のはいいが、赤んぼのないやつは、小さな鏡のかけらみたいなものを持ってきて、あなたの未来を見ましょう! 競馬の運をみて上げましょう! なん
前へ 次へ
全66ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
谷 譲次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング