たんでさあ。」
8
お母さんがよく拵《こしら》えてくだすったあの甘《おい》しいプディング――That sweet pudding mother used to make――という言葉を夫の口から聞くことは、あめりかの新婦人が、ひとしく胸を痛めることになっている。夫の方から言えば、これがまた何よりの嫌がらせ文句だ。
あの、新婚の夢がさめて、お互いが白っちゃけた眼で観察しだす一時的|倦怠《けんたい》の時代に、夫が妻の丹精になる晩餐《ばんさん》の席で、デザアトのプディングをまずそうに口へ運びながら、ふと述懐めいた眼を遠くへ走らせて意地悪く呟くのが、この「お母さんがよくこしらえて下すったあの甘しいプディング――あれはこうじゃなかった。もっとこう、なんとなく違っていたよ」のいいぐさにきまっている。
これにはどのお嫁さんも口惜《くや》しがらせられると見えて、そこで始まる。
「ええ、どうせあなたのお母さんのようにはいきませんわ。けれど、どんな風にちがうんでしょう? 参考のためにおっしゃって下さいな。」
「どうって――曰く言いがたしさ。ああ、あのよくお母さんが拵えて下すったおいしいプディング!」
悲憤の涙にくれた夫人は、ああでもないこうでもないと、お料理の本を引っくりかえしたすえ、これならばという自信をもって、またプディングを食膳へ上すと、夫がかならず横を向いて、
良人「お母さんがよく拵えて下すったあの甘しいプディング――あれはこうじゃなかった。」
いよいよ柳眉《りゅうび》を逆立てた夫人は夫の留守にそっ[#「そっ」に傍点]と彼の生家へ立ち寄って、母なる人に懇請し、かれのいわゆる「あのおいしいプディング」なるものを拵えてもらって、そばに立ってその製法を実地に見学してみたが、自分のやり方となんらの変りなく、そのできあがったところも変哲のない世の普通のプディングにすぎない。が、それを持って来て、こっそりその日の夕飯後に供すると、良人、二口三くち食べたかと思うと、たちまち不味《まず》そうに匙《さじ》を捨てて、
「AH!――お母さんがよく拵えて下すったあの甘しいプディング! あいつはどことなく違っていたよ。」
妻「まあ――。」
このとおり、舅《しゅうと》姑《しゅうとめ》のないアメリカには、そのかわりに「お母さんのプディング」によって、若いお嫁さんは紅涙をしぼらせ
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