や机の上に立てかけておく。おまけにあわてて部屋を掃除するかと思いのほか、みんなの手を借りていっそうちらかし、コーヒー茶碗に靴下留《ガアタア》がはいっていたり、エマアソンス・エッセイスに肌着《シミイ》がかぶさっていたり、賛美歌の上に煙草の吸殻をおいたり――そしていよいよ伯母さん到着の時刻になると、ジャズのレコオドをかけて「甘い接吻《キス》ほどあとが苦いよ、O! BOY!」
 のみならずノウマ自身は、一ばん短い着物を着て書き黒子、映画の妖婦を気どって腰にしな[#「しな」に傍点]をつくりながら、喫めない煙草をふかしているところへ伯母さん入御。
 伯母、呆《あき》れて無言。部屋じゅうをじろじろ見回す。と、つかつかと炉棚の机の前に行き、まず蔵書をしらべにかかる。
 ノウマの借りあつめて来た本は、
 エリナア・グリン著「恋の一週間」
 アリス・コリンス著「恋の三週間」
 ノウスウェル博士著「これだけは心得おくべし――結婚前の処女のために」
「性の神秘」
「蜜月旅行記」
「近代舞踏十二講」
 このとき、ノウマの声は落ちついていた。
「伯母さん、あたしずいぶん骨を折って手に入れたのよ。だって発売禁止の本が多いんですもの。」
 リジイ伯母さんは口がきけなかった。彼女が自分の激情を発表しうる唯一の方法は、持っている洋傘の先で、とん[#「とん」に傍点]と床を突くことだけだった。同時に蓄音機は大声を発して、「甘い接吻《キス》ほどあとが苦いよ。」
 見るとノウマは、男のように足をひろげてどっかり[#「どっかり」に傍点]と椅子に腰を落したが、それはなにも伯母さんが観察したような近代的無作法のあらわれではなく、じつはノウマは、はじめての喫煙に眼がくらくらして来たにすぎない。
 伯母リジイがぷんぷんしてさっそく帰り支度をはじめたとき、部屋のあちこちから友達の眼がのぞいて、そして、いちように笑いを堪《こら》えていた。
「可哀そうなノウマ!」

     7

 なにもかも大きく法螺《ブラグ》を吹っかけなければ気のすまないあめりか人、つい度がすぎて、
「ロッキイという山があるでしょう。あれは私の先祖が築いたんです。」
 だまって聞いていたイギリス人が、この時にやり[#「にやり」に傍点]として、
「ははあ、そうですか。いや、たいしたもんですな。ところで、死海という海があるでしょう? あれは私の先祖が殺し
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